凪
今夜中の0時51分、まったく風がなく、ファンベルトのこともあり、機走も
充電のため以外は控えているので、今漂ってます。すべての電気を消してます。
そんな中でもすこしでもとヨットを走らせようとする寛平さんの底力に関心します。
今はワッチオフで寝てはります。
僕がヨットを覚えたのは大学生。もちろん吉本興業に自分が就職することなど
微塵のかけらもない時期。
大学でヨットのクラブ(クルージング部)に入ったのは
中学生時代に部活で失敗し、大学では絶対に失敗しないでおこう!それならどんな
クラブに入ろうかと、悩んでいるとき
その当時は入部する人間が多く、明日の合宿にこないと入れません的挑戦状を
クラブから言われ、興味より反発心よりはじめたヨットクラブ。
そんなヨットクラブで出会ったのが今の嫁、恋愛ご法度で首になり、じゃあ俺は一人で
太平洋横断だ!と、ヨット三昧の学生生活中、嫁のおやしの仕事の関係で紹介されたのが吉本興業。
なんで俺がよしもとやねん!思いながら、たまたま入社。
2年目にとある事件がらみで出会ったのが寛平さん。そのときのエピソードは後ほど裏話で・・・。
そんなこんなで寛平さんとはふつうにしゃべれる関係になり、
それから「東京進出はなかなか大変でむずかしいですよ〜」と楽屋でしゃべっていた翌週に
マネージャーになることに・・・・。
そしてもう20年近くがたちました。
ほんとうに不思議だと思うのは、ヨットや太平洋横断は僕が吉本に入る前からの夢。
それは中学生で部活に失敗したことに起因し、寛平さんとの出会いや、
この大きなアースマラソンにはまったく関係のない時間軸で始まったこと。
それが今では当たり前に用に合致し、大きな企画になったこと、
中学での部活の失敗がなければアースマラソンがなかった?
とある事件で寛平さんと出会っていなければ、アースマラソンはなかった?
けどもし僕がマネージャーにならなかったら?今はないわけで・・・・。
いろいろ考えると本当に人生は不思議です。
人生は結果からさかのぼるのすべてが偶然の連続が線でつながっている
わけですが、じゃあなでこんな奇遇の連続が続くのか?
こんな文章を太平洋のど真ん中、寛平さんの頭の横すぐ脇で、一番画面を
暗くした、電気大食いPCを打っている・・・・ほんとうに不思議です。
寛平さんにいつもこのことを話すと「ほんまやな〜」と目を細めて笑ってます。
まったく風がない初めての夜。どうかアメリカまでいい風といい天気に
恵まれますように・・・・。




